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Much love to my love, Happy 2nd Birthday

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一か月前の話だけど。

5月の最終日に、我が愛娘テトが2歳の誕生日を迎えた。

パチパチ。

人間で言えばティーンエイジャーな訳で、この年頃で人間なら

「お父さん、キモイ」

となるけど、相変わらずさみしがり屋で甘えん坊なところは全く変わらず。
基本的にテンションはアゲアゲで、眠い時は何人たりとも邪魔はさせないとこも変わらず。
今日も、お留守番をさせて帰って来ると、ベッドルームからヒョコっと顔を出して、短い尻尾をちぎれんばかりにフリフリして玄関までテトテトやって来る^^。


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ベッドで本を読んでいると足首にちょこんとアゴを乗せてイビキをかいていたり。
暖かい日にベランダに出て、ポカポカした陽気の中一緒にお昼寝したり。
キッチンで料理中、少し離れたところで専用のマットの上でコロコロしながらおこぼれを待っていたり。
車の助手席でゴロゴロしながら、「まだつかないのー」とじっとこっちを見ていたり。
マンションの中を好き勝手に走り回って、すっかり住民のアイドルとなっていたり。


まあ、いろいろだけど、テトはいつまでたってもテトなんだね。
今のこの幸せは、テトがいるから^^。


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誕生日、おめでとう。

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山形そば

山形県は全国でも有数の麺類、特にラーメンの消費地として知られている。これは、県内では終戦直後あたりから来客へのもてなしや外食の際によく食されていたのがラーメンであったために、その名残が今でもあるからである。「米沢ラーメン」や「酒田ラーメン」などが有名であるが、近年では山形の厳しい夏場の気候から生まれた「冷やしラーメン」が新たな山形の郷土料理として有名になりつつある。また、ラーメンに次いで消費される麺類として蕎麦が挙げられる。これは、県内の激しい寒暖の差を利用して古来から蕎麦粉が盛んに作られてきたからである。昔から「板そば」が有名であるが、近年になって徐々に知名度を上げつつあるのが、大正時代に河北町で生まれた「冷たい肉そば」である。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


前回の山形旅行ではラーメンを食べたけど、wikiにあるように山形では蕎麦が有名。
そこで地元の情報が入ることを強みに、朝から蕎麦を堪能することに。


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まず訪れたのは東根市にある一寸亭支店。
ここは、名前から察する通り「一寸亭」というお店ののれん分けのお店なんだけれど、お店の人いわく味自体は全く本店と違うとのこと。wikiにある通り、つったい(冷たい)肉そばが有名なんだけど、その発祥の地である河北町にお店がないために、ガイドブックなどに掲載されることがなく、地元の人のみぞ知る幻の有名店であるとか。

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これがそのつったい(冷たい)肉そば。やったらコシのある麺と、冷たくなって引き締まったコリコリとした食感の鶏肉。個人的には大好きです!!!

地元の友人が、

「お昼時になると満席で入れなくなるから、開店直後に行きましょ。」

と言うもんだから、朝9時半ぐらいにお店に行った。実質朝ごはんが蕎麦・・・っていう初めての体験。
しかし、店を出る10時半には既にすべての席が埋まっていたことを考えると、確かに昼時には混雑するんだろな・・・・。



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お次は山形から帰る前に寄った屋惣右ェ門(そうえもん)。
立石寺から近い国道沿いにあるお店。山形市内では有名店らしく、地物(山形産)を使った季節ごとに品種を変えた麺と、「打ちたて」「茹でたて」のこだわりがウリの店。

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ここでは、「太打ち板天そば」(2,210円)を注文。
板そばといえば、三宿の山灯香や恵比寿の香り家なんかでよく食べるけれど、ここの蕎麦もまあまあ。残念ながら、都内で良くいく二店舗を上回る感動はなかったけれど。コシのある麺は、山形ならではの味かもしれない。


最近は、讃岐うどんに浮気をしていたけれど自分は基本的にそば派の人。
こんな美味しいお店が他にもゴロゴロしてるんだろな・・・と思うと羨ましい、山形人。

Michael Joseph Jackson、King Of Pop

エルビスやジョン・レノンといった、今でも伝説な人物が亡くなった時は物心がなかったし、これまでにアーティストの突然の訃報、例えば2pacやThe Notorious B.I.G.の死を聞いても、「あぁ、残念だな・・・」って感じだったんだけど。

今回は、正直ショック。
身内や親しい友人に起きたことのように、まさに打ちのめされるという感覚。

生涯最後と言われていた復活ライブを目前に控え、こんな悲劇になるとは。。。
なんだったら、ロンドンまで行ってやろうとさえ思っていたのに・・・。



初めてマイケルをきちんと見たのは、1983年の「Thriller」のPV。当時9歳だった自分は、現在ボサノバのプロシンガーをやっている親戚のお兄ちゃんにビデオを見せてもらったのを覚えている。10歳年上のそのお兄ちゃんが異常に興奮していた。

特殊メイクや映像技術、豪華なキャスティングを配したマイケルのPVの中でも、個人的にはぶっちぎりで「Smooth Criminal」がカッコいい。この映像は衝撃を受けた。



「ムーンウォーク」が有名だけど、直立から斜め45度に傾く「ゼログラビティ」は強烈すぎる。


さらに昔映像で驚いたのは、マイケルがオペラウィンスリーショーに出た時のパフォーマンス。
下の動画の6分30秒あたりからのダンスと8分45秒アカペラは今でも忘れられない。



このアカペラで歌っている、「Who is it」という曲。歌いながらボイスパーカッションを入れているんだが・・・弾幕にあるとおり神だ。


とにかく、何をどう書けばよいのかわからないけど。

本当の才能というものは、失って初めて本当の価値がわかるんだな・・・。

宝珠山阿所川院 立石寺 「閑さや巖にしみ入る蝉の声」 -奥の細道 part1-

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山形に来るにあたって、今回は事前に色々とネットで下調べをしていて。いつもいつも無計画だと、時間もロスするし、意外なところをスルーするから。ポチポチと山形周辺の情報を集めていた時に一番興味を引いたのが、この「立石寺」。

立石寺(りっしゃくじ)は、山形県山形市にある天台宗の寺院。山号は宝珠山。本尊は薬師如来。寺号は詳しくは宝珠山阿所川院立石寺(ほうじゅさんあそかわいんりっしゃくじ)と称する。山寺(やまでら)の通称で知られ、古来より悪縁切り寺として信仰を集める。寺名は古くは「りうしゃくじ」と称した。

元禄2年(1689年)に松尾芭蕉が旅の途中で訪れ、その時のことが『おくのほそ道』に書かれている。
また、当地で名句「閑さや巖にしみ入る蝉の声」を詠んでおり、参道に句碑がある。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


もともと、1000円ドライブにテーマを持たせた方がモチベーションも上がると感じていただけに、車で奥の細道をまわってみるか、と。実際に松尾芭蕉の行った順番に巡るのは難しいのだけど、wikiにもある26ヶ所は年内にも行ってみようかな、と。

ちなみに、このカテゴリはいくつかある奥の細道の英訳から「The Narrow Road to Oku」をチョイス。理由は、この響きが一番個人的にしっくり来るから。

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さくらんぼ狩りの翌日、当地の友人にお礼を告げて山形市内に向けて車を走らす。東根市から1時間弱で立石寺に到着。一般的には「山寺」と称されているらしく、最寄駅も「山寺駅」。


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適当な駐車場にブランコを停めて、石段をあがっていく。


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まずは、本堂。ブナ材の建築物では日本最古と言われている。


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ここには恵比寿様がいて、体を撫でながらお祈りをすると願いが叶う?のだとか。
次々来る参拝客に撫でられてつるっつるの恵比寿様が。


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本堂から、山道に向かうところには松尾芭蕉の像が。


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こちらは、芭蕉と奥の細道を回った門下の曾良。


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この「山門」から山寺の石段がスタート。入山料は300円。


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一番奥まで800余段の石段が続く。無料でワンコも入ることが可能。
テトたんも一生懸命石段を登る。


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まず見えてくるのが、この「せみ塚」。短冊にしたたられた芭蕉の句が、その下に埋められた石塚らしい。


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これが「弥陀洞」。切立った石の壁に阿弥陀如来を似せて彫ったモノ。


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すぐに「仁王門」が見える。あの運慶の弟子によるものと言われている。

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ヒーコラ言いながら上がってきた山道も、仁王門を過ぎるとかなりの高さに。
振り返るとこんな景色が。


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ガツガツ登っていくと、参道の終点である「奥の院」と呼ばれる如法堂にたどり着く。


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奥の院、左側の「大佛殿」には阿弥陀如来が安置。
撮影はできるものの、禁止されているので当然自重。


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これが奥の院全景。


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一生懸命石段をあがってきたテトたんも、予想以上の勾配と暑さに、ちょいとお疲れ。


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奥の院から華蔵院と呼ばれる山内寺院に行く途中に、重要文化財である「立石寺三重小塔」。
岩の中に安置されていて、作られたのは1519年。室町時代のこと。


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立石寺で一番有名な絵図ら。百丈岩と呼ばれる岩の上に立つ納経堂と、その眼科に広がる景色。
これが、冬になると雪が積もってなんとも言えない景観になる。
納経堂は、この山内で一番古い建物で、県の指定文化財に。

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納経堂の横にある開山堂。立石寺を開いた慈覚大師の遺骨が安置されている。


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その開山堂の奥から、五大堂と呼ばれる展望台のような御堂に行ける。
山の上から見下ろすようなこの眺めはなかなか。

問題は300年近い歴史のあるこの建物の落書き。
こういうのをやる輩って、自分の行為を正当化する。特に海外から来たり、海外に行った人間ほど愚行に及んだりする。建物を傷つけたり、穴掘ってなんか埋めたりとか。たぶん、その場所に行ったことを証明するだけの自己満足なんだろうな。本当に残念な人たちだと思う。


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再び開山堂の横を抜けて、今度は参道を下る。
下りはそんなに大変じゃなかった・・・というのは、それは気持ちの問題で、実は結構足にきていた。
朝方は雨が降っていたので、登るのが大変だなと思っていたけど、この時はかなり天気が良かったし。

しかし、この立石寺。かなり観光地化が進んでいて、山道も人がいっぱい。当然、話声が色々と聞こえて「静けさや」という雰囲気とはほど遠い感じ。芭蕉が訪れた夏とは、時代も様子も違うんだろうなぁ。

東根の大ケヤキ

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東根市なんで、当然「東根小学校」なるものがあるのだけれど、この学校は東根城跡に作られていて、周囲には城壁を模した石造りの壁があったりする。

さらにその学校の入口に「東根の大ケヤキ」と呼ばれる、日本有数のケヤキの大樹が存在していて、平成元年に発表された「日本欅見立番付」(つまり日本全国のケヤキランキング)で、堂々の東の横綱を張っているらしい。

このケヤキのデータとしては、

■高さ:28m
■根回り:24m 
■樹齢:1500年以上 
■国指定特別天然記念物
 

1500年前といえば、日本は飛鳥時代の頃。聖徳太子より前のころになるんですけど・・・。

数字で見てもピンと来ないだろうから、東根の大ケヤキは全貌の写真。

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右下に結構大きな車であるブランコがいるのがおわかり?この比較でもかなり巨大なのがわかる。手前の廻しのようなものは、番付で横綱を取った記念に地元の人が設置したものらしい。

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中央が空洞になっているんだけど、この小学校に通っていた友人曰く、

「子供の頃はあの空洞に入って遊んでましたけどね~」

だと。まぁ、小学生にこの樹の価値を理解しろって方が無理だわな。むしろ、この樹に登ったりして遊んでいた方が樹にも喜ばれるんじゃないかと。

いい大人なんで、立ち入り禁止の看板の向こうには行きませんでしたけど。

さくらんぼ収穫 佐藤錦

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ご存じの人も多いと思うけど、山形県は日本一のさくらんぼ生産地で、特にこの東根をはじめ、天童、寒河江あたりは全国的に有名な産地。山形県だけで、実に国内の70%の生産量を誇っている。

東根市は、そのさくらんぼの中でも最も有名な「佐藤錦」という品種の発祥地。

佐藤錦(さとうにしき)
国内で最も多く生産されている品種。ナポレオンと黄玉を交配してできた。名前は交配育成した山形県東根市の佐藤栄助にちなむ。苗の販売業者が渋る佐藤を押し切り「砂糖のように甘い」という意味も込めて名づけたそうだ。6月下旬に収穫される。糖分が多く生食に適す。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』



友人と東根市の中央にあるジャスコで合流。軽くご飯を食べてから、そのまま畑へと向かった。

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これが、その佐藤錦を栽培しているビニールハウス。こんな感じのビニールハウスが東根のいたるところにある。収穫の時期にこうしてビニールをかぶせて、実を守るのだとか。天気はもちろん、鳥や猿なんかが狙ってくるので、ガードをする必要があるらしい。

中に入って、友人のお父さんにお世話になります、とごあいさつ。まずは、いろいろと木と実の種類の違いを教えてもらった。

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これが、佐藤錦。木の高さはゆうに3mぐらいあって、枝に万遍無く実がなっている。
木によって違うけど、これぐらいに紅さに熟したら収穫していいのだと。


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こっちが紅秀峰
近年人気が出ている種類らしく、佐藤錦と比べてさらに甘い。ここでは最近から収穫を始めているので、木がまだ小さいのだけれど、集まって実がなるところが佐藤錦とまた違うところなんだと。


一通り説明を聞いた後は収穫スタート。本来ならそれぞれの木をまわって、熟した実だけを選定して採るんだけど、今回は自分達が不慣れなこともあって、全部収穫してもOKな佐藤錦の木2本を用意してもらった。

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こんな感じで腰にカゴをぶらさげて収穫していく。実を引っ張っちゃうと枝自体が折れてしまう可能性があるので、上に向けて捻るような感じでもぎ取る。

「実が割れちゃっているものは商品にならないから、せっかくだから食べていいよ。」

と言われていたので、そういうのを見つけては口に入れながら作業を進める。
さくらんぼって普段なかなか食べる機会がない。皮を剥くタイプの果物ではないけど、ほとんど買ってこないから、こういうチャンスもないのでバクバク食べていた。佐藤錦は、甘味と酸味が程良くあって確かに美味しい!熟し方や大きさによって、その味も全然違ったりするのも面白かった。

ちなみに、この実たった一個でほんとに100円~200円ぐらいするから、高級品に囲まれている訳で。
そんな中、この日一日で今までの人生で食べた分より多く食べたかもしれない・・・。なんて贅沢な。


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上の方の木はこんな高い脚立を使用して収穫。お年寄りが増えている農家にとって、こういう作業はやはり大変みたいで、慣れているところでも毎年事故が起きているんだと。


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こんな感じでカゴにある程度入ったら、発砲スチロールの箱に移す。


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本日の収穫。2本の木を全部取るのに、三人がかりで3時間。

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テトたんは邪魔にならないように隅っこの方で待機。
みんながかまってくれないからワンワン吠えまくってましたけどね・・・。


やっぱりこういう農作業は体力的に大変。食品価格や自給率の問題、安全性なんかの関係から農業に注目が集まっている中でかなり貴重な体験をさせてもらえた。友人はまだ20代半ばで、これから自分の農園をどうやって変えていこうかということを考えていて、そこでまずはインターネットを活用したいとのこと。その繋がりで、自分にもいろいろと相談を受けているんだけど、こうした若者がいることは日本の農業にとって明るいこと。

山形さくらんぼツアー(代官山 - 東根) -1000円ドライブ part25-




三か月ほど前に行った、山形県東根に。スノボに行った前回と違い、今回は農家を営む友人のところでさくらんぼの収穫体験と、立石寺を訪れるのがメインの目的。

2、3時間ほどの睡眠で、土曜日の朝早く代官山を出発。
実家に寄ってから、久喜ICから東北道に入る。

行きの首都高からなんとなく気になっていたけど、なんか全体的に交通量が多く、今回利用する東北道も、事故の影響もあって例外に漏れずノロノロ。こうなると、日光や佐野アウトレットへ向う車が多いこの時間帯は、車線がひとつ減る矢板あたりまでは渋滞を覚悟しなきゃいけない。

福島の手前あたりでようやく高速っぽい走りができるようになったけど、この時既に予定より2時間のビハインド。しかも、今回はブランコ(デリカ・スーパーエクシード)で来ているのでスピードも出せないから、遅れている分の時間を後で稼ぐこともできない。

お昼を一緒にと約束していた現地の友人に電話をいれて、「ちょっと間に合わない、ゴメン。」と連絡。マイペースに山形までの道を走らせることにした。

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仙台の手前、村田JCTから山形道に。進路を西へと変える。

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山形市内に入ってから、今度は東北中央道を北へ。東根は現在この東北中央道の北の終点になっていて、片道一車線の細い道路が将棋の駒で有名な天童市を通りぬけて辿り着く。

「一度でも通った道は完璧に記憶をする。」という特殊能力のみがとりえの自分にとっては、ナビの必要がなく走る地方の道は心地良い。

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到着。久喜ICから乗ったので大都市圏の料金が若干上乗せされて1150円。所要時間は約7時間半。渋滞さえなければ6時間弱といったところ。
曇り空が若干気になるけど、とりあえず友人と合流してさくらんぼの収穫に向かうことに。

本日の走行距離:417km

神戸から帰京(神戸 - 代官山) -1000円ドライブ part24(番外編)-




神戸を2時ぐらいに出発して、一路東京へ車を走らす。
幸い大阪市内を抜ける時に渋滞はなかったので、快適なドライブに。

前回四国からの帰りの時はよく知らなかったのだけど、1年前に「新名神自動車道」というのが開通して、これを利用すると30分程度大阪-名古屋が近くなるらしい。琵琶湖に沿って北上する旧名神と違って、滋賀県と三重県の山の中を延々と突き進む。

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道路が新しいうえに、景色も良くて気持ちがE。鈴鹿の隣の亀山市で東名阪自動車道と合流して、四日市JCTから伊勢湾岸自動車に。ここら辺は海沿いを走りつつ、いわゆる中京工業地帯を通る。工場が立ち並んでいて、景色が首都高湾岸線と似ている。

そのまま豊田JCTで東名高速に入って、あとは延々と東に。当初は8時までに東京に到着しないといけない予定があったので、給油の時以外はノンストップで走るつもりだったけど、途中で電話があってその予定がキャンセルに。そしたら、前日飲みすぎであんまり寝てなかったこともあって、猛烈な睡魔が襲ってきたので浜松の手前のPAで車を止めて仮眠zzz。

小一時間ほど寝たあとに友達からの電話でタイミング良く起こされたので、お手洗いで顔を洗ってすっきりして目を覚ましてから、再びアルヘンティーナのステアリングを握る。

静岡あたりからはかなり見慣れた道路になるので、近所を走るような感覚で東京インターまで。

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到着したのは結局9時過ぎ。

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この日は平日だったから、1000円ドライブにはならないんだけどそれでもETC割引で神戸から7800円。燃費のいい車だったら新幹線よりかはちょっと安いかな?時間は2倍以上かかるけど。

実際、気がつかなかっただけで結構疲れていたらしく、翌日は普通に起きて仕事をこなしていたものの、夜の7時ぐらいに極度の疲労感に襲われて10時間程度の睡眠を取るハメに。まあ、若くはないからムリはするなってことか・・・。

本日の走行距離:527km

4日間の総走行距離1300km

神戸




若干二日酔いの頭を抱えつつ、朝早く起きてホテルをチェックアウト。

市内から高速に乗って神戸に向かった。昔住んでいた西宮に入って、甲子園球場を左に見ながら西へ西へ。30分ほどで神戸まで到着した。


神戸には仕事ではなく、友人と会う為。


しばらく海外にいたけれど、結婚&出産を控えて実家の近くに戻ってきているらしい。2年ほど前に東京に帰国していた時に会った時と変わらず、元気そうに神戸駅からトコトコと歩いて来た。違うのは六か月を迎えたお腹。けっこう大きくなるんだね、六か月で。

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駅からほど近いハーバーランド、横浜でいえばみなとみらいのような場所で、これまた赤レンガ倉庫街のようなところでランチ。子供がお腹の中にいると、お酒が飲めないのがちょっと不満・・・と漏らしていたけど、一方で食欲は旺盛なようで。なんか昔よりもモグモグとご飯を食べてた。

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お母さんの近くで見守られながら、旦那さまとこれから生まれてくる子供と暮らしていて幸せで良いね、という話をしたら、「SEANはもっと幸せそうだけど?」と言われた。

確かに今は人生の中で一番幸せな時かもしれない。

先日、スペインに長く住んでいる大学時代の同級生に、近々予定している旅行に向けてバルサとレアルのチケット手配をメールでお願いしている時に、おんなじ内容のことがメールに書いてあった。特に意識してないけど、別々のところで言われるから傍目から見てもそうなんだろう。

実はこの友人は、テトの名付け親なのに、まだテトに会ったことはなく。ブログの写真しか見たことがないから、いつか神戸にテトを連れてくるよ、と約束。お互いに元気でね、とバイバイして東京に向かった。

大阪ナイト

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百舌鳥遺跡群から戻った後は、心斎橋で再度商談。
その後、そのクライアントの社長にご飯を御馳走になることに。

まずは、堺筋の近くにある割烹料理屋。やったら入口が狭くて、中に入ると大人の隠れ家的なお店で雰囲気は良し。メニューはなく、その日に入ったいい材料で作られた料理をカウンターの上からチョイスするお店。

その社長さんのところで今は働く、近々結婚する旧知から友人も途中で参加してきたので、延々とその子をいじって飲んだり食ったり。


適当なところで切り上げて、今度は仲間が飲んでいるから、という場所にタクシーで。


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西区の方なんだけど、よく地理的な位置関係がわからない・・・。
中には男性陣ばかり6人ほどが宴の真っ最中。新顔でも、いきなり懐に入ってくる人なつっこさは大阪の人は外国人のようなところがある。

残念ながら閉店間近だったので、30分程度でそのまま全メンバーが心斎橋に移動。

次のお店はココ。

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たこ焼きBAR。

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しかも、ストリート。

さすが、大阪である。道の真ん中でたこ焼きを食べながらかち割りワインを飲めるんだから。
祐天寺の駅前にもたこ焼きBARがあるが、当然ながらこんな解放感はない。

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いい感じに酔っぱらった他のメンバーに、「写真撮っとけ!」だの「ブログで紹介しろ!!」だの絡まれつつ、パチパチと。店員さん、わざわざポーズを取ってもらってありがとうございました。

この時点で既に0時を回っていたんだけど、更にこの後は終電が関係ないメンバーで北新地に。初めて来たけど、さすがは大阪の銀座。数年ぶりにクラブに行ったけど、相変わらず自分はこういう場所でぎこちない。綺麗なおねえさんを隣に、なんか不景気について色々と話していた。。。

ここでようやくお開き。
タクシーでホテルまで戻ってきて、一緒に見送って頂いた社長さんにお礼を言って部屋まで。


地元の人がいると、普段行かないところが見れて楽しい^^。

仁徳天皇陵(百舌鳥耳原中陵)

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翌日は、平日で仕事だったので、クライアントのところに。大阪市内から堺市へ向かって車を走らせていると、ナビに大きな公園のような場所が映し出された。

「仁徳天皇陵古墳」

とある。

宮内庁により仁徳天皇の陵墓と治定されており、百舌鳥耳原中陵(もずのみみはらのなかのみささぎ)との陵号が与えられている。一般的には仁徳天皇陵(にんとくてんのうりょう)または仁徳御陵(にんとくごりょう)と呼称されることが多い。宮内庁は天皇陵の静謐を乱さぬ為として学術調査を制限しているが、研究者の間ではこの古墳は仁徳天皇の陵墓ではないとの考えが定説となっており学術的には記事名にある大仙陵の名称が用いられている。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


小学校の時に、社会の時間に誰もが習った日本最大の前方後円墳。てっきり、京都とか奈良の方にあるのかと思い込んでいたんだけど、こんな場所に存在していたとは。

そんな訳で、打ち合わせを終えて大阪市内に戻る途中で立ち寄ってみた。


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大きすぎて、よくわからないよ・・・orz。

そりゃ、そうだ。全長486m、高さ35m、エジプトのピラミッドより大きいんだもの。
近くから見ても、濠に囲まれた小山にしか見えない・・・。

濠の周囲を歩いてみようかと思ったんだけど、ふと横の説明文を見たら1周3km弱あるらしいので、それも断念。

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宮内庁の管理なんだと、初めて知ったり。

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すぐ横にこんな石碑があって、その前でボランティアらしき地元の人が古墳の説明をしたりしてた。当然のことながら、世界最大の墓でもあるから世界遺産の登録が望まれているらしいけど、WEBを見るとそれに反対する人もいるみたい。自分の国のものだから、自分達で守っていこう、という意見。

なるほど。確かに最近の世界遺産はなんか商業的な目的も見え隠れするから、こういう発言はもっともといえるかも。特に地元の人は、必要以上に観光客が来ると大変なんだろうな。


ここらへんは、百舌鳥古墳群(もずこふんぐん)と呼ばれる仁徳天皇陵をはじめとした、古い古墳が47個も集まっている地域らしく、ついでだからとナビに表示されている大きめな古墳も回ってみた。

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これが御廟山古墳。全長186mあって、4番目に大きい。

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いたすけ古墳。開発の為に取り壊されたそうになったのを地域住民が反対して止めたらしい。
ただ、実際には既にいくつもの古墳が壊されてしまったいるんだとか。周囲は公園になって、地元のお年寄りが散歩していた。
全長146mで、7番目の大きさ。

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最後に履中天皇陵。仁徳天皇の次に即位したといわれる人のお墓。
全長360mで、百舌鳥古墳群の中で2番目の大きさ。日本でも3番目の大きさの古墳。さすがにこれはデカい。けど、仁徳天皇陵と比べると、前方後円墳の二つの山がなんとなく見て取れる。

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どれも、普通の住宅街の中にデデンとあるので、そこが京都なんかと違うところだけれど、地元の人々が歴史あるものを守っているってのはいいことだなぁ、と。東京にいると、あまりそういう意識がないからね。




まわった遺跡は地図で見るとこんな感じ。

Terminator Salvation (ターミネーター4)

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先行上映で10億円ていう、なかなかの成績をあげているターミネーター4。原題は「Terminator Salvation」で、Salvationとは「救済」って意味の単語。個人的には原題そのままを使用して欲しいんだけど、耳慣れない単語だとそうはいかないっていう商業的なジレンマなのもわかる。「バットマン・ダークナイト」みたいにわかりやすければ良いのかも知れんが、それでもダークナイトを「暗い夜」というふうに勘違いしている人も多くいると思うから、微妙な判断だけど。


道頓堀から歩いて難波の駅前にあるTOHOシネマまで行ってチケットを購入。
大人になってから大阪で映画を見るのは初めてかも。


で、この映画。既に今の段階で個人的な今年のベスト3に入ることは間違いない出来。残念ながら、1作目のインパクトには敵わないが、あれだけ社会現象になった「T2」よりも数段優れているとは思う。

シュワの個人的な思い入れの強さと、ジェームス・キャメロン不在の中で作られたあまりに微妙すぎた「T3」を経由しているだけに、それから5年後の公開となる今回はどうなんだ、と思っていただけに、完成度の高さは素晴らしい。

まず、シリーズ通しての肝である、スカイネットによる核攻撃があった「審判の日」後の世界を描いているんで、それまでと違って「人間vs.機械」という対立の構図が明確的なこと。

それから、CG技術の向上もあって、最初からそれを駆使した映像なので見ていて違和感がないこと。

最後に、特に最後の15分間がそうなのだけど、それまでのシリーズを見ている人にはたまらない演出がテンコ盛りだということ。

ここらへんが個人的に感じたこの映画の良さ。

まだ見てない人に申し訳ないのでわかりづらいように言えば、例のキメゼリフはもちろんのこと、噂されていたとおりシュワが登場したり(カメオと聞いていたんだけど、結構重要なとこで出てくる)、ガンズのYou could be mineが流れたり、それまでのバトルシーンを彷彿とさせる構成になっていたりと。。。さすがは、「チャーリーズ・エンジェル」をリバイバルで映画化したMacGが監督って感じ。

そんな訳だから、絶対に前3作を見てからこの映画は見た方が良い。見たって人も、記憶が曖昧ならDVDで復習していった方がもっと楽しめる。


バットマンやらダイハードやらもそうだったけど、3作ぐらい作ってグダグダになった大作は、数年おいてからシナリオをとことん練り直した方がいいものができるのかもしれない。

あ、でも5年おいたエイリアン4は酷かったけど・・・。

道頓堀

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心斎橋のホテルでチェックインを済ませ、Zも駐車場に格納してもらってあとは徒歩で大阪の街を歩く。心斎橋や難波のあたりは、仕事で何回も来ているので土地勘もボチボチあるからのんびりとアーケードの商店街を歩いた。

ナンパ橋こと、戎橋まで来てからちょっと早めだけどご飯食べるかということになり、道頓堀沿いにあるたこ焼き屋でまずは軽くオードブル。

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翌日の夜は、ローカルにもうちょっとディープな大阪を案内してらもう予定なんで、ベタなものを食すことになって千房でお好みを食べる。

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とん平焼と、

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ネギ焼き。

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まぁ、千房なら恵比寿にもお店があるんだけどね・・・。
それでも、やっぱり美味しいなぁ。大阪の人ってなんでこんなに粉ものが好きなんでしょうね。

食べ終わって、ケータイをポチポチしていたら、ターミネーターが公開されているのに気がついたので、そのまま難波の映画館に向かうことにした。

万博記念公園

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万博記念公園(ばんぱくきねんこうえん)は日本万国博覧会(大阪万博)の跡地を整備した公園。一般的に万博公園と呼ばれている。正式名称は、日本万国博覧会記念公園。大阪の中心部から約15キロ北方にある。広大な公園には広場やスポーツ施設や文化施設があり、市民に親しまれている。総敷地面積は264ヘクタールに及び、甲子園球場の約65倍の広さに相当する。 所在地は大阪府吹田市千里万博公園。公園を管理しているのは、独立行政法人日本万国博覧会記念機構である。1972年3月15日の日本万国博覧会一般公開2周年の日にエキスポランドと自然文化園の第1期及び日本庭園・大阪日本民藝館などの公開を以って開園した。その後、自然文化園が第3期に分けて整備・公開され、国立民族学博物館が開設されるなど、設備が拡充する一方、エキスポランドが廃園になるなど、開園後に閉鎖された施設もある。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


いわゆる、大阪万博は自分が生まれる前の時なので当然リアルタイムで見たことはないんだが、幼少時代に兵庫県に住んでいたことがあるので(なので、最初は関西弁をしゃべっていたらしい)、この公園には来たことがある、と母親が言っていた。

これまた、大阪城にいた時に思いつきで寄ってみようと思ったので、カーナビでポチポチと場所を調べて気がついたんだけど、吹田の高速脇にあるから本当はこっちに先に来るべきだったんだよね。。。


なんで、万博記念公園に来たかったかというと、20世紀少年で登場したコイツを見たかっただけ。





コイツ↓

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岡本太郎の代表作「太陽の塔」。
駐車場からテクテクと高速の上を横断する陸橋をテクテクと歩いて行くとそのデカイ姿は遠目からも見ることができる。

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公園に行くまでに、事故などの影響で閉鎖されたエキスポランドが。

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太陽の塔さえ見れればいいや、と思っていたんだけどせっかくだからと250円払って中に入ってみた。
ちょっと散歩・・・程度に考えていたんだけど、万博記念公園て


ガチで広い。

まあ、そりゃそうだよね。万博やってた場所なんだもの。調べてみたら代々木公園の5倍の広さ。半分ぐらい歩きまわって疲れてしまった・・・。それでも、色々な角度から太陽の塔をパシャパシャ写真に。

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もう、お腹いっぱい。

それから、さすがはこの規模の公園。その自然の多さはなかなか感動的だった。

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2時間弱の公園ウォークの後は、この日のホテルがある心斎橋に向って再度アルヘンティーナを走らせた。

大阪城

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大坂城(大阪城、おおさかじょう)は、摂津国東成郡大坂(現在の大阪市中央区の大阪城公園)にあった安土桃山時代から江戸時代の城である。別称は金城あるいは錦城で、大坂が近代に大阪と表記するように改まったために、現在は大阪城と書くことも多い。

通称「太閤さんのお城」とも呼ばれているが、城跡に現存する櫓や石垣などは徳川氏、徳川幕府によるものである。

大坂城は、上町台地の北端に位置する。かつて、この地のすぐ北の台地下には淀川の本流が流れる天然の要害であり、またこの淀川を上ると京都に繋がる交通の要衝でもあった。戦国末期から安土桃山時代初期には石山本願寺があったが、1580年(天正8年)に焼失した後、豊臣秀吉によって大坂城が築かれ、豊臣氏の居城および豊臣政権の本拠地となったが、大坂夏の陣で豊臣氏の滅亡とともに焼失した。徳川政権は豊臣氏築造のものに高さ数メートルの盛り土をして縄張を改めさせ豊臣氏の影響力と記憶を払拭するかたちで再建したとされる。幕府の近畿地方、および西日本支配の拠点となった。姫路城、熊本城と共に日本三名城の一つに数えられている。

現在は、昭和初期に復興された天守と櫓や門などが現存し、城跡は、国の特別史跡に指定されている。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』



ざっくり言うと、豊臣秀吉の城だった、大阪城。
行きの高速で「さて、まずはどこに行くか・・・」と思って、吹田PAのコンビニでパラパラとガイドブックをめくっていたら、大阪城のページが目に入ったので、ここにするかとナビをセット。

梅田の駅の横なんかを通り過ぎて、青屋門の近くに車を止めて天守閣に向けて歩きだした。
まだ午前中だというのに結構な人がいて、観光客以外にも、堀のまわりを走っている人や、釣りをしている地元の人っぽい姿も多い。釣りは禁止、とそこらじゅうに書かれていたけど。。。

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外堀を超えて、内堀を渡る橋を越えて天守閣に。

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大きいので、もうすぐそこに天守が見えている。
どうやら、自分が通っているルートは裏側から登っていく道なようで、道自体はかなり狭い。

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城の前の広場に回り込んで出た。やっぱりけっこう人がいるなぁ。
650円の入場料を払って城の中に。

一歩入って思ったんだけど・・・、


何?このハイテクさは。

中はかなり近代的で、どちらかというと美術館に近い。最上階までエレベーターだし・・・。
色々見ていて、その理由はすぐにわかった。まず、現存の天守閣は昭和に入ってから再建された三代目のもので、基本鉄筋コンクリートで作られていること。だから、もともと博物館として設計されているらしい。さらに、阪神・淡路大震災を機にここ最近建物全体に改修が加えられたんだと。納得。

今まで見てきた城と全く違うなぁ・・・。

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大阪冬の陣・夏の陣を再現したミニチュアのセットがあったり。

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天守からは大阪の街が一望。真ん中の写真のまあるい建物が大阪城ホール。西の武道館ですな。
大阪という都市も、大阪城を中心に出来ていることがわかる。

上から、各階ごとに安土桃山から江戸、そして近年にわかるまでの大阪城の歴史が順番に紹介されていて、なかなか面白い。学生時代に世界史ばっかりやっていたから日本の歴史に疎いんだけど、今こうして振り返ってみるとなかなか興味深いね。

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帰りは正門の方からまわって、多聞櫓や乾櫓なんかの重要文化財を眺めながら城のまわりを一周する感じで駐車場まで戻った。

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次は万博記念公園に。

大阪(代官山 - 心斎橋) -1000円ドライブ part23-




大阪に。

今回は、仕事がメインだから帰りは平日になるんで1000円ドライブにならんのだけど、「行きだけでも・・・」と週末に前入りした。さいたまの実家に寄って、ワールドカップの最終予選で日本が出場を決めた試合を見た後、午前1時半ぐらいに出発。

今回から、距離に応じて車を使い分けることになった。ブランコ(デリカ・スーパーエクシード)は、車内空間が広く、視線がかなり高いので運転席からの眺めがすこぶる良く、年季が入っているからガシガシ走れるというメリットがあるんだが、一方で、ラジエーターに常に問題を抱えていることと、高速運転にもともと適している車でなく、燃費もすこぶる悪いので数百キロのドライブには不安を抱えてしまう。

そこで、急遽こいつが登場することになった。

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NISSAN FAIRLADY Z Z33

いわゆる、5代目Z。カルロス・ゴーン体制下の2002年に10年以上ぶりにフルモデルチェンジされた、前タイプのZである。エンジンはV型6気筒DOHC3.5L、VQ35DE型自然吸気、2シータークーペ。こいつは、初期バージョンなんで280psしかないが、それでも抜群のパワーを持つ「走れるマシン」。

昨年末に出された、6代目のZ34の見てくれがイマイチ好きになれない自分は、むしろこっちの方が好みで。まだ、3万キロ程度しか走行距離がないので、現役でバリバリ数年はいける子。

とにかく、高速走行に関しては国産車の中でもトップレベルの車だし、比較的燃費もいい方。なによりも、2代目であるS130から全タイプを乗ってきた自分は愛着がある車種。

ちなみに、愛称は「アルヘンティーナ」に決定(スペイン語で銀の意味)。これからは、こいつとブランコ、2台体制になることに。


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実家からZのステアリングを握って、まずは川越ICから関越道。鶴ヶ島JCTから圏央道に入って、そのまま中央道に合流した。こっから、談合坂を超えて、山梨まで、それから諏訪の手前から東名までの区間はとりあえずアップダウンが激しい道のりなんだけど、さすがは走れるマシン。100km/hぐらいのスピードでとにかく安定する。トップギアに入っている時の、「キュイィィィン」という音も心地良く、ビタっと路面に張りついたような独特のグリップ感は安心感がある。

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ちょっとわかりにくいけど、談合坂。


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それから、岡谷JCTの先の駒ヶ岳までノンストップ。


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恵那峡あたりで、既に夜明け。
ここらあたりまで、トヨタハイエースに乗る若者と抜いたり抜かれたりと遊びながら走ってて、恵那峡のところでお互いにSAに入ってちょっと談笑。彼は名古屋まで行くんだと。いいなぁ、あと数十キロで。

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東名と合流して、旧名阪道路に入ってからも、1時間走ってはちょっと休む、とかなりゆっくり走っていよいよ大阪府内に。草津のPAに到着して、パンをもぐもぐ食べて朝ごはん。さらに、もうちょっと走って大阪市内に入る直前の吹田で1時間ほど仮眠を取った。

アルヘンティーナのマイナスポイントは、シートが体にぴったり合うように曲線がつけられているから車内で寝にくいところだな・・・。無理やり寝ると、体が痛くなる。。。


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ちょっと画像だと良く見えないし、覚えてないんだけど、2050円だったかな?圏央道と大津からは別料金が加算されているからそれぐらい。

まずは大阪城に。


本日の走行距離:608km

宇都宮餃子ツアー(宇都宮 - 代官山) -1000円ドライブ part22-




平和観音を後にして、最後の餃子店「幸楽」に向かう。
ここは、他の有名店と違って結構駅から離れているので、バスやタクシーなんかじゃないと行けない。

ナビに従って、車を走らせる。太い道路から1本細い道に入っていくと、あった。

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・・・。

定休日 日・月曜日


(この日は日曜日)


ガーーーーーン。

あわててガイドブックを読み直してみると、確かにそこにも日曜は定休の文字が。
日曜に休みなんて、想像もしていなかったから、気にもしていなかったよ。。。

次の店に行こうか、と思ったのだけれど、途中で電話が入ってきて急遽東京に戻らないといけないことになっていたので、しょうがないのでそのまま高速に向かった。結局2店舗しか行けなかったヨ。


そんでもって、浜松餃子との違いを確認するための今回の宇都宮餃子ツアー。
わかったこと、

「違いが、よくわからない。」

ということ。


orz。

そもそも、味オンチなんだもの。1週間前に食べた浜松餃子の味すら良く覚えてないのに、比較なんかできないし。餃子って、結構どこで食べても美味しいものだし。。。

まあ、美味しかったからいいか。


本日の移動距離:278km

大谷平和観音

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大谷平和観音(おおやへいわかんのん)は、栃木県宇都宮市大谷町にある磨崖仏である。

平和観音は、太平洋戦争の戦死者を悼み、終戦後間もない昭和23年(1948年)から6年に亘って大谷石採石場跡の凝灰岩層壁面に総手彫りで彫られた像高88尺8寸8分(26.93メートル)、胴回り20メートルの石造観音菩薩立像。竣工は昭和29年(1954年)、開眼は昭和31年(1956年5月4日)。飛田朝次郎が製作した。近隣に在る大谷寺との直接的な関係はない。なお、「大谷観音」の呼び名は大谷寺の大谷磨崖仏を指す。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)


大谷石の採掘跡が軍事的に利用されていたことも関係しているのか、大谷寺のすぐ横に、こんな巨大な観音様が立っていた。歴史的には完成から50年ちょいと浅いんだけど、そのデカさは目を引く。

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なんか、たたずまいとそのサイズから、再びローズ・オブ・ザ・リングの1シーンを思いだす。
岩壁に彫られた観音様は、よこの階段から上にあがることが可能。

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上の展望台から、観音様の横顔を眺めることができる。
大きな観音様を作ったからといって、戦争で死んだ人達が報われるかというと、個人的は疑問視なんだけど、そのきっかけとなる存在であるならばいいのかな。

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上からは、岩壁に映し出される沈む太陽の光。


大谷石シリーズを堪能している間に、目的の餃子店の開店時間が近づいてきたので、さっそく車に乗ってお店にむかった。

大谷寺(大谷観音)

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大谷寺(おおやじ)は、栃木県宇都宮市にある天台宗の寺院。山号は天開山。院号は千手院。本尊は千手観音で、坂東三十三箇所第19番札所。国の特別史跡及び重要文化財に指定されている「大谷磨崖仏」の所有者となっている。

大谷寺は大谷石凝灰岩層の洞穴内に堂宇を配する日本屈指の洞窟寺院である。 本尊は、凝灰岩の岩壁に彫られた高さ4メートルの千手観音で、一般には「大谷観音」の名で知られている。
当寺周辺には縄文時代の人の生活の痕跡が認められること(大谷岩陰遺跡)、また弘仁元年(810年)に空海が千手観音を刻んでこの寺を開いたとの伝承が残ることなどから、定かではないが千手観音が造立された平安時代中期には周辺住民等の信仰の地となっていたものと推定されている。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』



大谷資料館を見た後は、すぐ近くにある大谷寺に。
wikiの説明にもあるとおり、重要文化財に指定されている大谷磨崖仏が彫出されている寺院で、その内の千手観音像がこの寺の本尊。柔らかく、加工が容易な大谷石に囲まれた土地柄だからこその塑像であり、現状わかっている限りでは日本最古の磨崖仏と言われているそうな。

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残念ながら、撮影ができるのは外まで。本尊を始めとした磨崖仏は、劣化を防ぐためか、全面的に撮影禁止。実際に、そのフラッシュによる光なんかがどれだけ影響を与えるのかはわからないけど、昔、ミラノでダ・ヴィンチの「最後の晩餐」を見た時はフラッシュどころか、外気を入れない為に二重扉になっていたことを考えると、空気も光も一定に保つことが必要なのは世界のどの文化財にも、後世に残していくためには必要なんだね・・・。

こじんまりとした本堂では、壁に彫られた千手観音や、その横の壁に彫られた3つの三尊像を拝むことができる。人間の信心、特に昔の人のそれというものはすごいなぁ、と素直に感心。

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お寺の横には弁天様もあって、その横に白蛇の像が。
この蛇の頭をなでると願いがかなうらしいんだけど、磨崖仏と違って素材が今風のもので出来ていて、イマイチご利益を感じなかったんだけど・・・。

大谷資料館

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3店目のお店は16時以降でないと開店していないとガイドブックにあったので、そのお店に向かうついでに大谷資料館に立ち寄ってみた。

大谷石(おおやいし)は軽石凝灰岩の一種。栃木県宇都宮市北西部の大谷町付近一帯で採掘される石材。柔らかく加工がしやすいことから、古くから外壁や土蔵などの建材として使用されてきた。近年では、他の建築素材で真似の出来る、防火性等性能・性質面より、真似の出来ないその素材感・質感を建造物に取り入れるために薄くスライスされて壁材や床材として使用されることも多い。

宇都宮周辺では古くから、石蔵をはじめとした建築物の外壁、プラットホーム、石垣や階段、門柱に大谷石が盛んに利用されている。宇都宮駅東口の餃子像や、1932年に建設された宇都宮カトリック教会(通称:松が峰教会)も大谷石造である。

また、その耐火性・蓄熱性の高さからパン釜やピザ釜等、石釜の構造材として用いられる。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)


つまり、この大谷石という石の採掘場跡を一般に公開している場所が大谷資料館。
入口で入場料600円を払って地下に続く階段を降りていく。

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この階段を曲がると、それは広がっていた。

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こいつはスゴイ。

キレイに繰り出された採掘跡が、地下の神殿のように広がっている。ロード・オブ・ザ・リングに出てきたモリアの洞窟を彷彿とさせるような風景。緩やかな斜面に沿って奥に下りていっても周囲は石の壁・壁・壁。

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第二次世界大戦中には、軍用機の工場として使われていたそうで。ひんやりとしているけど、温度が一定に保たれているから、倉庫などにも適しているんだと。採掘した石を持ちだすためのトラックなどが、外部から入ってこれるように、スロープが外から伸びている。

地盤が崩れないように横穴を掘ってから、支柱となる部分を残しつつ縦に掘り下げている構造になっていて、それが西洋の神殿のような造りを実現しているみたい。何年か前に、ここらへんの地域で大きな陥没があって地元民が避難する騒ぎがあったのを覚えているけど、確かにこんな穴がそこらじゅうに広がっていたら、いつ沈んでもおかしくない。

それにしても、ここはかなり神秘的。1000年以上前からこの大谷石というものは建築に利用されていたらしいけど、その頃は手掘りで採掘していたのだから驚く。その後、大戦以降に機械化されたらしいが、それでもこんな穴を掘ってしまうのだからスゴイ。

入口付近に、実際に切り出した石や使用された機械なんかが展示してあった。
この資料館付近の穴は東京ドームがスッポリ入るぐらいの大きさまで広がっているらしいけど、実際に見ることができるのは、ほんの一部。照明に照らされていない奥の方まで、ずーっと穴は続いていた。現在は、オブジェが飾られていたり、クラシックなんかのコンサートが開催されたりと、アートな活動の場所として利用されていたりする。音響効果がいいのかな。

ちょっとガンダルフな気持ちになって再び外に。
せっかく感動したから、と自分としては珍しく大谷石のコースターと灰皿を記念にお土産として買っておいた。

宇都宮餃子 正嗣 宮島町本店

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みんみんを後にして、今度は徒歩1分ほどしか離れていない「正嗣(まさし)」に。

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えぇ、ここでも行列が出来ていてやはり40分ほど待たされましたがね。

途中、お店の人が出てきて、

「当店は、餃子専門店なのでご飯もビールもございません!それでもいいって人は是非お待ちください。ありがとうございます。」

なんてことを言っていた。店内がとっても狭く10人ほどしか入れないので、回転が早くても時間がかかるのだね。親子らしき3人で切り盛りしているみたいだし。

やはり、ぼけぇと待つこと2時前にようやく入店。
みんみんに並び始めたのが12時ぐらいだったから、餃子の店2つに入るのに2時間かかっていることになる。やはりディズニーランドばり。

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メニューは「焼餃子」「水餃子」「冷凍餃子(お土産用)」の3つ。店内では焼と水の二つのみ。お値段はみんみんよりもさらに安く、餃子の王将の231円すら下回る。ちなみに、これでも昨年の原材料の高騰で値段があがったのだとか。本日は混雑しているので、追加の注文はナシ。焼と水を一皿づつオーダーすることにした。

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はい、登場。

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まずは焼。みんみんよりちょっと大きめ。浜松餃子よりはちょっと小さめ。薄皮なんで、パリっとした食感。タレのつけ方を変えてみながら食べたんだけど、ちょいと酢を多めにしたぐらいでさっと醤油につけるぐらいが美味しい。

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次に水。皮の関係か、みんみんのようなもちもち感はあんまりなく。箸でつかむと、中がこぼれちゃったりもして、少し食べにくい。それでも、茹でた独特の水餃子の口当たりはきちんとあって、美味しい。となりの席に座っていた地元っぽい女の子三人組は途中でしょうゆをどんぶりの中に入れて全体的に味をつけて食べていた。女性にはこっちの方が人気が高いみたい。


案内された席が入口に一番近く、目の前のガラスから入店待ちの行列が見えるので落ち着かなかったけど。無言でモグモグと12個の餃子を完食してお店を出た。

宇都宮餃子 みんみん

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餃子情報を得る為に駅の周囲をうろうろしてみたんだけど、事前に聞いていた「餃子マップ」なるものが置いているところが見つからずに、面倒くさくなって目の前にあった書店に入って宇都宮の観光ガイドを購入。当然、餃子のページがあるんで、そこに紹介されているところに行ってみることにした。

で、まず来たのが超有名店みんみん

店名は忘れていたんだけど、昔両親に連れてこられたのもこの店だったのは間違いない。
車を店の近くに止めて歩いていくと、やはり行列ができてる。

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列の整理をしていた女性にどれくらいでお店に入れるかを伺うと、


「40分ぐらいですかね。」

と。

餃子食べるのに40分て・・・。

でも、まあ宇都宮餃子の代表格なら、とりあえずここから始めるのがてっとり早い。
ぼけぇ・・・、と待つことやはり40分ぐらいで店内に案内された。

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餃子専門店ってこともあって、メニューは基本餃子のみ。浜松の時と違うのは、「焼」餃子以外に、「揚」と「水」餃子があること。実は、個人的に餃子は水餃子が一番好き。全種類頼んでみようかな、と思ったんだけどこの後があるので、焼と水の2種類を注文。ちなみに、それぞれ240円というなかなか衝撃的なお値段で、それぞれ6個の餃子が盛られてくる。

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まず登場したのが焼餃子。大きさは一般の餃子よりもちょいと小さめ。パリッとした食感が美味しい。浜松で食べた餃子よりも、より肉肉しい感じ。

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お次は水餃子。皮がよりもちもちしてるので、こっちの方が好きだなぁ、やっぱ。


それにしても気になるのは・・・、店内がU字工事のようなしゃべりであふれていること・・・。他の地方に行っても、ここまで訛りが気になることってなかった。栃木ってそんに田舎って印象じゃないんだけど。

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