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越後 出雲崎 「荒海や 佐渡によこたふ 天の河」 -奥の細道 part2-

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出雲崎町
良寛の出生地で、松尾芭蕉の奥の細道にも登場した。江戸時代には幕府直轄の天領地となり、北前船の寄港地、佐渡島からの金銀荷揚げの地として栄えた。日本における「近代石油産業発祥の地」であり、紙風船の生産日本一でもある。遠浅の海が広がり、夏になると臨海学校に県外から生徒が訪れる。2008年、黒人演歌歌手ジェロの海雪の舞台となった。出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


実際に行ってみて感じたが、出雲崎は芭蕉やジェロよりも、良寛出生の町という方が有名らしく、あちらこちらに良寛ゆかりの地が点在していた。

とりあえず、芭蕉の銅像があるという「道の駅 出雲崎町越後天領の里」という海に面した場所にアルヘンティーナを停め、テクテクと歩いてその芭蕉の像を探してみる。


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発見。海、さらにこの日は天気が悪くて見えなかったけど、佐渡の方向いて設置されている芭蕉像。


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後ろには、荒海やの句が記されている。


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しっかし、なんか簡単なアスレチックが設置されているような公園にポツンとあるんだもんな・・・。
子供がよじ登ったりしてたけど、芭蕉像に。


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この天領の里という道の駅には、海側に数十m伸びた「夕凪之橋」のという展望台のようなものが設置されていて。その先端までテクテクと歩いていくと、鎖と小さい錠前があちらこちらにひっかっけてあった。


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どれにも、何か願いが書いてあるんだけど、どうやら恋愛成就のようなものらしく。ここに鎖と錠前をつけると永遠の愛が成就するらしい。伊豆の恋人岬とか、海に面した場所にはこういう云われのところは多いよね。


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出雲崎町は古い町並みを残そうとしているところらしく、こうした瓦屋根の家々がまだ見られる。
国道に並行する1本奥の道は、そうした家屋を残すための場所として指定していたり、観光地化の努力が見られる。

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最初に書いたとおり、芭蕉おりも良寛生誕の地としてのアピールが強く、その屋敷跡にはお堂と日本海を向いた良寛の銅像が保存されている。


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良寛生誕の地と並んだ、町並みを保存している通りには、芭蕉が宿泊したという宿とともに、芭蕉園という小さな公園がある。

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芭蕉を偲んだ句碑。

荒海(あら海)や、の句は出雲崎を詠んだものではなく、ここからの佐渡を眺めることができたらしい。当時、佐渡島は流刑の地という認識が強かったので、日本海の遠くに見えた苦難を印象つける佐渡と、そこにかかっている美しい銀河の対比がこの一句となったと言われているとか。
銀河の序という一文に記されてるけど、出雲崎は宿泊した場所という記述のみというのも、イマイチ地元で芭蕉が盛り上がっていない理由なのかもしれない。

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