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技術と過程と、そして理想

サッカーの日本代表の試合を見て思ったことがあるんだけど。

やっぱり、全てにおいて技術や知識の充実というものは、超一流になるために必要不可欠な事だ、ということ。高原の得点を見て、あのトラップが出来なければシュートを打つことすらできなかった事を考えると、そんなことは明白だ。

スーパーサッカーを観ていたら、中村俊輔が出演していて、

「いい選手というものは、同じ考え方をするので、すぐにわかりあえる。」

というような内容の事を言っていた。ああなるほどと思う。

その分野において、しっかりとしたベースメントのある人は、パフォーマンスに対しての結果が理想として見えているのだと。だからその理想に100%近づけるために、日々鍛錬を積んでいくわけだけども。問題はこの「理想」の過程がどれだけ具体的に見えているか、の方が重要。

例としてアメフトで話をあげると。ランニングバック(RB)というポジションがある(ジャンプのアイシールド21のポジション)。ここは、基本的にボールを持って走り、陣地を前に進めることが役割なんだけれども、優秀なRBは走るルートがまるで線を引かれたように見えるのだとか。それは、相手ディフェンスや味方のブロッカーの動き全体を捕らえて、それまで練習の積み重ねから自然と体が動くことを表しているじゃないか、と。自分は残念ながら、こうした光を見ることができる選手ではなかったが、極稀にタッチダウンまでのイメージがボールを持った瞬間に感覚的にわかる時があった。

また、バスケにおいてもそんなのがある。「スラムダンク」でミッチー(三井)が、3ポイントシュートを放った瞬間に「入った!」と拳を握るシーンがあるけれども、あれは本当で、リリースのタイミングの手の感覚で入ったか外れたかはほとんどわかる。リングに向かって弧を描くボールの姿がイメージできているのだ。これも何回もシュート練習を繰り返した結果、身体に染み付いた感覚があるんじゃないか、と。

アメフトにしろ、バスケにしろ、そこには、練習の積み重ねみたいなものがあって、つまりベースメントとなる技術なりが必要になってくる。それによって、理想の形に近づけるようになってくるわけだ。当然、これに加えて、フィールドがスポーツ以外ならば、それが知識であったり経験であったりがより重要になるものもある。それによって、理想に達する過程をより具体的に見ることができる。

その理想と過程の組み合わせが、タッチダウンに対してのRBのランニングルートであったり、3ポイントシュートのボールの描く弧であったり。


様々な話を聞く中で思うことは。人々というのは、理想を想像することは容易に出来るけれども、その過程を描くことができない人の方がほとんどなんだな、と。

営業の仕事をしていたとしよう。理想は「売上をあげること」であることを考えることは容易い。問題は、それまでの過程をどうやるか、と考えることができないのだ。そんなの普通難しいよ、と言う人が多いかもしれないけれども、実はそんな事はない。この世の中において、今までの常識を覆すようなものというのはあまりなくて、多くの事が理論的に解明されいるパターンがほとんどだ。そして、それには成功論が確立されていて、それを踏まえることによって、理想に近づけることは可能なのである。

なぜ、それが出来ないか。というのは、その当たり前とも感じることを実践することが一番難しいからである。世の中を勝ち組と負け組で分ける文化が日本にも現れ始めているけれども、この二つを比較した場合、勝ち組の方が圧倒的に少ない。これは、勝ち組が特別な事をやっているわけではなくて、負け組がやらないことをやっていて、やることをやっていないからだ。そして、負け組がやることというのは得てして「楽なこと」で「自己的な判断に基づく」ことが多い。そして、勝ち組の人間はその事を知っていて、負け組の人間はそれがわからないのだ。それが、勝ち組になるための技術や知識であり、それをベースに過程を踏んで理想に結びつけるのである。

やっかいだな、と思うのは、個人で動く場合ならば問題がないが、組織として動く場合にその組織を動かす人間に負け組の人が来た場合だ。これは結構ある。
例をあげると、夕張市。これは前市長がモロにそういう発想の人間だったために破綻をした。プロ野球や相撲なんかもそうだ。負け組の発想を持った人間が協会を支配していたから、ファンが離れていった。もちろん、彼らにも理想はある。ただ、その理想に近づく為の過程がわからなかったんじゃないか、と。(夕張のパターンは理想が根本的に間違っていたのかも知れないけど。)

過程はわかっていても示せないパターンがある。ジーコジャパンなんかがいい例だと思う。ジーコ自体は優秀なサッカー選手だし、それは疑いの余地はないんだけれども、コーチとして上に立った時に、自分の理想を選手に示すことができなかったんじゃないか、と。ブラジルほどの技術が日本選手にないことを理解して、理想までの過程を違う方法で示すことができれば、前回のW杯はもうちょっと違う結果になったかも知れないし、最後に、選手のフィジカルに敗因を結びつけるようなことはなかったかもしれない。

コンサルの仕事において、このケースが一番多い。つまり、過程を教えて欲しいという内容のもの。でも、過程を示すことは出来ても、それを実践させる方が難しいんだよね。なぜなら、技術なり、知識がないから。だから、様々な理由(時間、コスト、マンパワーetc.)をあげて抵抗される時が多い。それなら、なんで相談するんだと・・・と感じながらも、丁寧に説明をしていくわけだが。ただ、この類の仕事は、お客さんではなくて、クライアントとして受けているので相手に最終的に本気度を感じない場合は仕事自体をお断りすることもある。特に、企業のトップが技術と過程を理解しない(もしくはわからない)場合は、結果が伴わない場合が多いだけでなく、最悪責任だけを追及されるケースもあるから。


自分の事で言うと、プライベートにおいて、この技術(知識)・過程・理想において苦労してきたことあって。プロも存在する世界なんだけれども、最近、頭で理解したつもりだった過程を、ようやく実践することができるようになってきた。2年ほどかかった。まあ、理想にはほど遠い結果だけれども、ちょっと前進したような気がする。

それにしても。ほんと難しいと思う。理想を叶える為の、技術を身につけて実践するのって。

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