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久しく思っていなかった、この気持ち。

最後のPIANO MANのコーラスの合唱で、感動は頂点に達した。あまり「感動」ということはしないのだけれども、やはり、あれだけ憧れ、好きだった曲のオリジナルが目の前で演奏されているという事実は、とんでもなく自分の心に響いた。

***

先日知り合いの方から、「ビリー・ジョエルの日本公演のチケットがあるんですけど、行きます?」という内容のお電話。二つ返事でお願いします、と答えて思いがけず東京ドームに行くことに。

2枚あったので、会社の同僚でBジョエルのファンであるT嬢に声をかけると、行くっ!とのこと。彼女は、生まれて始めて買ったCDがビリーのベスト盤だったそうだ。

開演15分ぐらい前にドームに到着すると、入場口がメインスタンドの1つに規制しているせいかえらく長蛇の列。

bjoel


ノロノロとした入場待ちの中、看板などを撮影しつつT嬢のクラプトンのライブなどの話を聴いていた。



ビリージョエルは意外と思われるかもしれないが、70年代からのアーティスト。バンド活動などをしながらも、プロのミュージシャンを目指していた彼は不遇の時代もかなり長かった。

ソロでデビューした「Cold Spring Harbor」は、不発に終わり、アーティストとして音楽シーンに出ることをあきらめてしまっている。(更に、当時は鬱病だったらしい。)

その2年後に「Piano Man」で最デビュー。このヒットによって、彼の人生は大きく動き出すことになった。2作目の「Streetlife Serenader」はセールス的にはまあまあだったが、その次に出した「Turnstiles」は、Say Goodbye To HollywoodやNew York State Of Mindなどを含んでいるにも関わらず、全くもって売れない結果に終わっている。

1977年、ビッグアーティストとしての転機が訪れる。ポール・サイモンなどをプロデュースしていたフィル・ラモーンを迎えた「The Stranger」が全米2位のアルバムセールスを記録した。Movin' Out、Stranger、Only the Good Die Young、She's Always a Womanなどのヒット曲に加え、自身のキャリア最大の名曲と評価される、Just the Way You Areを含むこのアルバムで、グラミー賞も獲得。一躍トップスターの仲間入りを果たした。

翌年には、「52nd Street」をリリース。Big Shot、My Life、そしてHonestyという名曲を揃えたこのアルバムで、初めて全米チャート年間1位を記録することとなる。このアルバムでもグラミー2冠に輝いている。

80年代に入ると、より音楽性がロックに近いものとなる。「Glass Houses」のIt's Still Rock & Roll to Meはシングルとして、初めて全米チャート1位を記録した。

1982年は、事故や離婚などのプライベートでの不運が続き、その年に出された「The Nylon Curtain」は社会問題を多く取り上げた内容となっている。

Uptown girlを含む「An Innocent Man」では、その人気はいよいよ世界に広がり、全英チャートでも2位という結果を残している。

その後再婚した、元スーパーモデルのクリスティ・ブリンクリーとの離婚などがあったが、アーティストとしての地位は着実なものとしていく。1989年「Storm Front」、1993年「River of Dreams」と全米1位に輝くアルバムを次々に発表していった。

しかし、River of Dreamsを最後に一線を退くような形でオリジナルアルバムの発表を行っていない。(3つのベスト版、1つのライブ版、さらにクラシックのカテゴリでFantasies & Delusionsをリリースはしているが。)一方で、私生活においては鬱病が再発したり、アルコール依存症になったりと必ずしも幸せではなかったようだ。

前回の来日は1998年にエルトンジョンと来日している(本人もステージでそう語っていた)。


個人的にビリージョエルを始めて知ったのはPIANO MAN。ジャズのテイストが入ったピアノのメロディ、イントロのハーモニカの音、そして都会に生きる人間の孤独を綴った歌詞がたまらなく良かった。
その頃本人はStorm Frontをリリースして、We Didn't Start the Fireをヒットチャートに送り込んでいた時期。HonestyなりPIANO MANなり、こんな切ないメロディを作る人が、世界史の出来事をただ並べた歌詞の曲を歌っているギャップみたいなものも面白かったが。

その後どうしてもPIANO MANを弾けるようなりたくて、四苦八苦しながらなんとかマスターしたものの、問題はむしろピアノではなく歌の方にあって。。。決して自分は音痴ではないんだけど、音域の幅が狭いのでPIANO MANのサビの高音が届かないんだよね。

なので、みんなの前で弾き語りをする、というようなことはなかなかないんだけどね。


そんなビリーのライブは、15分遅れぐらいでスタート。

最初はみんな座ってシットリといった感じで。3曲目にHonestyとかをやっちゃうのが大物ならではの余裕といった感じ。そのうちだんだんとヒートアップ。

70年代のアルバムから結構多く選曲していた感じ。自分としては、どうしてもPIANO MANが聞きたかったのが、その瞬間はアンコールの最後にやってきた。

ピアノの前におもむろに座り、ハーモニカをかけるビリー。場内もその様子を見て、何か期待感に満ちた歓声が聞こえる。

静かにイントロのピアノが奏でられると、盛り上がりは最高潮に。やっぱり、この曲は特別なんだよな。。。


CDの音よりも若干低い感じの声で歌っていくビリー。
そしてサビは黙って観客のコーラスに笑顔で耳を傾けるビリー。30年以上前にかかれたこの曲がこのドームにいる人の心を繋いでいる、そして自分が15年以上もの間憧れた曲が今ここで演奏されている。

なんか、色々と心にあったもやもやみたいなものが、全てパァっと晴れていくような感じ。歌の持つパワーを強く感じた一日だった。

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