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悪魔でも恩師と呼べる人との出会い

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悪魔のような教師と俺の3年間の戦い
http://urasoku.blog106.fc2.com/blog-entry-249.html

1年間で最も聖なるっぽい日にこのエントリのまとめサイトってのはありえないと思って読んでみたんだけど、これがもし本当の話ならちょっと凄い。コメントにもあったけど、スクールウォーズ+ドラゴン桜のハイブリッドだ。

自分の通っていた高校は進学校でもあったので、何人か東大に合格をする人がいたし友人に東大卒の人間もいる。高校からの知り合いで東大に行った人間に共通する部分がひとつあって、

「高校1年生から東大を目指している。」

という点。自分は東大は他の大学と違って、「目指す覚悟」がないと行けない大学という認識がある。上のエントリにある通り、冗談抜きで3年間それを目指している人間が始めて合格できるケースしか身近では知らない(ただし、それは前期試験のみの話であって、試験のスタイルが変わる後期では私立希望の友人が記念受験といって受けたところ、合格してしまったという話はある)。

個人的に、高校の3年間を自らのこういう意識で過ごして最高学府に行った人達はすごいな、と思うのだけれども、上のエントリの凄いところはその意識を担任が無理やり変えさせたというところ。

確かにやり方はめちゃくちゃ。今の世の中だったら確実に問題になる。ただ、自分の世代に関して言うと、特段辞書で殴ったり髪の毛をバリカンで刈る先生は特に珍しくもなかったので普通に受け入れられる。

でも、これだけの思いをして、一時は憎んだとしても、その結果最後には感謝をするような教師との出会いはどうなのだろう?決して馬鹿にするわけではないが、ここまでの覚悟の教師との出会いは自分にはなかった。何か先生の一言で人生の目標なりが変わったことがない。それは自分自身にも明確な目標が、それがたとえば東大に行く!といったような短期的なものでもなかったのも理由のひとつ。一方で、あの時あの教師の言ったとおりにしておけばよかったという後悔もない。もし、そういう人と出会っていたら、今の自分はまた違う場所にいたのかなとか考えた。


こんなことを思うのも、実家に戻ってきて小学校から大学まで向かっていた机でエントリを書いているからかも。

それにしても、ハンパなく寒い・・・。自分の部屋はまったく暖房器具がないんだけれど、よく昔はこんな場所で真夜中まで勉強していたな。。。

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