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出雲崎 -1000円ドライブ part30-





燕ラーメンを食べ終えて、新潟駅前からの目抜き通りを進んだところにある萬代橋をパチリ。

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現橋は6つのアーチを連ねる鉄筋コンクリート橋で、側面には御影石の化粧板を施す。全長306.9m、幅21.9m。道路4車線、両端に歩道を備える。
新潟地震(1964年)の激震にも耐えて落橋しなかった逸話を持ち、堅牢な名橋として知られる。昭和初期における大規模なコンクリートアーチ橋の貴重な現存例であり、建設技術・デザインの両面から現在でも高く評価されている。今日では新潟市のシンボルとしてのイメージが広く定着し、新潟市の代表的な観光地・景勝地となった。

現橋の架橋75周年を迎えた2004年4月、国の重要文化財指定の答申を受けたのを機に、漢字表記を戦後に定着していた「万代橋」から、建設時よりの橋名板表記である「萬代橋」に復した。これに伴い同年春から夏に掛けて、架橋当初の姿に復すリニューアル工事が実施された

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

昭和初期に造られたものだけど、存在感がある。やっぱり長い年月在り続けるというものは、何かそれだけの理由もあるんだろうな。そういえば、この独特の雰囲気は御影石(花崗岩)によるものだけど、御影って兵庫の方の地名からきていることを、この後に行った神戸で知った。


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新潟亀田のインターから北陸自動車道に。


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原発で知られる柏崎市の西山インターで一般道に。ここから、来た道を少し戻るような形でバイパスを北上。30分ほど走ると目的地の出雲崎が見えてきた。かかった時間も1時間半ぐらい。

芭蕉が「荒海や」の句を読んだ地点に到着。

走行距離:94.4km

佐渡から本土に

金山を後にして、フェリー乗り場へと東に向かう。


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両津港で搭乗の手続きを済ませた後、車を乗り場に一旦おいて徒歩で加茂湖に。
佐渡で最大の湖で、海に近いため汽水湖となっている。カキの養殖が盛んらしく、湖に浮いている箱みたいなものは、養殖用のものらしい。

日本百景には10の湖が選ばれているけれど、その中のひとつ。


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ほどなく時間が来たので、戻ってアルヘンティーナをフェリーに格納。

帰りは、一等席を取っていたので、簡単な寝床に横になって船に揺られていた。
すぐに寝ちゃったので新潟港まではあっという間に到着。


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小腹が減っていたので、朱鷺メッセの施設内にある「ときめきラーメン万代島」というところに。
数店のラーメン屋が並ぶ、いわばラーメン博物館のようなところ。どれにしようか悩んだが、なんとなく「燕ラーメン」という響きに惹かれて「健龍」という店に。

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背油がたっぷりの魚系のスープでしょうゆ味。麺が太めなのと刻んだタマネギが特徴、なのだとか。
しょうゆ味のせいか、個人的にそんなに濃く感じず、さっぱりとした印象。うなる程のうまさって訳じゃないけど、美味しく頂きました。

佐渡と同じく新潟市内も冴えない空模様だったけど、まだ時間が早かったこともあり、県内の芭蕉ゆかりの地に立ち寄ることにした。

佐渡金山

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佐渡ではたらい風呂のある部屋にわざわざ宿泊したんだけど、気に入った。
檜なんかの木の香りが好きで、お湯から湧き立つ独特の香りがとても心地いい。

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ホテルを早めに出発して、向かったのは近くにある佐渡金山。もともと自分は佐渡について、猿でも知ってそうな、「トキ」と「金山」という程度の知識しかなかったし、とりあえずどっちかは見ておいた方がいいかなぁ、という安直な考えでの決定。

しかも、正午過ぎには帰りのフェリーに乗らないといけないので、時間があまりない。そこで、帰り道に通る炭坑跡の方を選ぶことにした。

海岸沿いから山に入って車を走らせると、直に異様な光景の場所に辿り着く。


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「何?この素敵な廃墟。」

ちょっとした工場萌えや廃墟フェチな自分にとってはたまらない景色。

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後で調べてわかったんだけど、ここは「浮遊選鉱場跡」と呼ばれるところで、明治に入った後に鉱山の近代化のために作られた鉱石処理場だった模様。当時、すでに佐渡金山は国有から現在の三菱マテリアルに売られていて、国をあげての金の増産のためにこの浮遊選鉱場が作られた、と。

それにしても、東洋一といわれるだけあって、そのサイズがけっこうすごい。実際には、写真の反対側の斜面にも跡地が残されていて、巨大な施設だったことがわかる。


さらに、山道を走っていくと、先にぱっくりと二つに割れた山が見えてきた。

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「道遊の割戸(どうゆうのわれと)」と呼ばれている佐渡金山の真上にある山。
これ、人間が掘り進んでこうなったんだと・・・。試し堀りをしていたら、すぐに金脈が見つかったのでそのまま堀りまくったらこんなV字方の割れ目になったらしい。スゴイな、金に対する人間の執着って。地形を変えちゃうんだから。

しばらくすると、佐渡金山の観光施設に到着。山の坂の途中に作られた駐車場にアルヘンティーナを止めて、鉱山の中へ。

佐渡金山(さどきんざん)は、新潟県佐渡市の佐渡島にある金山である。鉱石は主に銀黒(ぎんぐろ)と呼ばれる石英中に輝銀鉱および自然金の微粒子が脈状に存在するものであった。
1601年に金脈が発見されて以来、江戸時代を通して江戸幕府の重要な財源となった。江戸時代初期すなわち慶長から寛永年間にかけての最盛期には金が1年間に400kg、銀が40トン以上採掘される日本最大の金山であり、産銀についても日本有数のものであり江戸幕府による慶長金銀の材料を供給する重要な鉱山であった。なかでも相川鉱山は、江戸幕府が直轄地として経営し、大量の金銀を産出した佐渡鉱山の中心であった。産出し製錬された筋金(すじきん/すじがね)および灰吹銀は幕府に上納され、これを金座および銀座が預かり貨幣に鋳造した。また特に銀は生糸などの輸入代価として中国などに大量に輸出され、佐渡産出の灰吹銀はセダ銀とも呼ばれた。出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


江戸時代と明治時代において主に採掘されていて、当然技術の進歩からその採掘方法が大きく異なっている。佐渡金山では、江戸時代の炭坑の様子を再現した「宗太夫坑コース」と、機械によって近代化された明治の炭坑を再現した「道遊坑コース」の二つがある。それぞれ別料金になるんだけれど、初めての人は宗太夫坑コースがオススメとあるので、そっちを選んでみた。

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富士の氷穴のような狭いトンネルを歩いていくんだけど、しっかりと整備されているから歩きやすい。
進んでいくと、炭坑のあちこちに機械仕掛けの人形が設置されていて、当時の採掘の様子を展示している。想像に難くないけど、やはり炭坑の作業は激務だった模様で。その時代としては良い給料だったそうだけど、命を縮めてまで自分はできないなぁ。

佐渡めぐりつれづれ

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宿根木を出発した後は、宿泊先の相川の方まで。



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途中で、大型廻船である千石船を再現した白山丸を見たり、


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源頼朝が使ったと言われている矢竹の産地である矢島・経島を歩いたり、


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たらい舟に乗ってみたりと、寄り道三昧でホテルに到着。
部屋からは、沈みゆく夕日がキレイに。

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強烈に知られている食べ物がない佐渡だけど、やはり海産物が豊富。
カニやらサザエを堪能したんだけど・・・、

やっぱり、前日からほとんど寝ないでぶっ続けで運転していたから、ビールがおいしかった^^。
しかも、エビスね。

宿根木

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車を走らせて、小木の方に。佐渡のもうひとつの玄関口、小木港があるところ。野外フェスのアース・セレブレーションが開催されるところとしても有名。

さらにもうちょっと西に向かったところにある宿根木(しゅくねぎ)の集落を訪れた。重要伝統的建造物群保存地区に指定されている地域で、江戸時代の町並みの様子が保存されている。

佐渡は金銀が採掘されたので廻船の往来で栄えた歴史があり、重要な場所として小木は存在していたようで。船大工や船主などが生活をしていたのがこの宿根木。


寄り添って建てられた質素な民家が立ち並んでますが、海運業で栄えていた当時はかなりの賑わいを見せていて、家の中は豪華な造りをしていたんだと。京都なんかでもそうだけど、町自体が雰囲気を残していると、タイムスリップしたような気分になってなかなか楽しい。佐渡で一番金が取れた時には多くの人がいたんだろうなぁ。

江戸あたりの名残は、下町で育った自分にはちょっと特別に感じる

何気ない縦板の家屋だけれど、通りの関係上家によっては先が尖った珍しい三角の形をしていたりして、船大工の技術が使われている。

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現在でも住んでいる人がいるようで、生活感がちょっとあるのもまた良かった^^。

蓮華王山 妙宣寺

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長谷寺を出発してから、少し来た道を戻り、さらに西へアルヘンティーナを走らせる。

途中で気がついたんだけど、佐渡には列車がないのに「~駅前」という交差点があったりする。どうやら、バス停のことを駅と呼んでいたらしく、その名残りが地名として残っているらしい。

だだっ広い高原のような場所に出た後、道をちょっと外れたところの妙宣寺(みょうせんじ)に到着。

さっきまでと違って、駐車場に観光バスが止まっていて、門前には売店があったりする。


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妙宣寺(みょうせんじ)は、日蓮聖人の弟子阿仏房日得が自宅を寺として開基した日蓮宗佐渡三本山のひとつ。山号は蓮華王山。本尊は釈迦如来。(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

これを調べていて、日蓮宗佐渡三本山なるものがあることを知ったんだけど。最初に訪れた根本寺もそのひとつらしい。最後のひとつは妙照寺という寺なんだけど、残念ながら佐渡にいる時は気がつかなかった。


この妙宣寺は五重塔で有名。

境内の国の重要文化財指定で新潟県内唯一の五重塔は、江戸時代に相川の宮大工茂三右ェ門親子が二代に渡り建立したといわれ、日光東照宮の五重塔を模したとされる。(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)


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根本寺とまた違って、広々と庭園のように手入れされた境内の中にデンッとそびえる五重塔。

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親子二代にわたって作られたというだけあって、細部にわかって精巧な出来。芝生が広がる敷地内でも存在感を放っている印象。法隆寺や東寺にある有名なものと比べると小さいけど、それでもこれだけのものを木造で作っちゃうのはいつみても惚れぼれする。

これで寺めぐりを終了。佐渡の西の端、小木海岸の方に向かった。

長谷寺

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長谷寺と書いて「ちょうこくじ」と読むらしい。

根本寺から東に車を走らせた山の中にある、まさしく山寺。開祖はあの弘法大師こと空海と言われているらしいんだが、佐渡にいたことがあるの?空海。

到着しても、駐車場に他に車が1台も停まっておらず、ちょっと心配に。

門をくぐると入口からまっすぐに石段が上に続いている。

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階段の途中、しかもけっこう手前のところに本堂が。

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さらに階段を突き進んでいく。

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左側に大きな杉の木が3本並んでいるのが見えてくる。

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新潟県の文化財「長谷の三本杉」だそう。

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どれも、高さ50m以上、樹齢が1000年を超える大木。
幹の表面が貫禄あるっていうか、なかなか圧倒される存在感。

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朱色が印象的な「五智堂」。二階部分が円形になっているの珍しい造りなんだと。

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五智堂からさらに狭い階段を上って、奥の院まで。
ほとんど人が通らないのか、蜘蛛の巣が道に張れれていて、顔に引っかからないように避けて登るのが大変だった。

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これが境内の一番上にある奥の院。こじんまりとしているけど、趣はあり。

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階段の上からみるとこんな感じ。

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いかにも山寺って感じで、静かな雰囲気が良かった。結局、誰にも会わなかったし・・・。
山形の立石寺も、芭蕉が訪れた時にはこんな感じだったんだろうなぁ。

ここは、花寺とも言われているらしく、季節の花々が美しい寺としても地元の人に知られているらしい。今回は行かなかったけど、本堂の裏側にはちょっとした植物園があるみたい。

佐渡の名所としては穴場だと思うなぁ。

塚原山根本寺

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寺院めぐりに決め、車を西に走らせてまず訪れたのは「根本寺」。

日蓮が佐渡に島流しになった時に、開目抄を書いた寺。日蓮宗においての総本山は山梨県にある身延山久遠寺で、その次に重要とされている霊蹟寺院のひとつとしてこの根本寺は位置づけられているらしい。


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入るとすぐ左手に「三昧堂」が。徳川第十一代将軍家斎の還暦の祝いと厄除けの祈願として建てられたもの。


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入り口から、ずっとまっすぐな一本道を通って本堂へと向かう。
それまでに門がふたつあり、これが二王門。数年前の台風で折れた大木が直撃して、大きく傷ついたらしい。


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門の横には、参拝に訪れた人達が残した?草履が引っ掛けてあった。


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道の左右は木々に囲まれていて、トンボが飛び回っている。
なんか、こういう景色って、子供の時以来かもなぁ。都心にはなかなか残っていない。

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葉っぱの上でたたずむアマガエル。


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これが、二天門。金剛力士像が左右に安置されている。


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祖師堂。日蓮が鎌倉へ戻った後、200年経った後に霊跡の名を伝える斯堂として建立されたもの。


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祖師堂からの眺め。左手に見えるのが本堂。

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戻りは行きと並行する道を歩く。庭園のようになっていて、初夏の青々とした葉が印象的。


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尾瀬でしか見たことのない水芭蕉が群生したいた。花の季節(4-5月)は過ぎていたんだけど、水芭蕉は水がきれいなところでないと育たないので、ここらへんは清水が流れているんだなってことがわかる。

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松尾芭蕉は佐渡を訪れてはいないんだけれど、偲んだ句碑というものが佐渡島に存在するらしく。
その内、一番古い句碑と言われているものがあった。

「春もやや 景色ととのう 梅と月」 松尾芭蕉


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・・・。

なんだ、お前は。

もうすぐ出口ってとこに、ちょこんと狸が。
これ、居酒屋さんの入り口にあるものだと思っていたんだけど。

人がいなくて静かだし、自然に囲まれていてとてもいい感じのお寺。自分が法華宗の人だったらもっと感動するんだろうなぁ。本堂で心の中でちょっとだけお題目を唱えてみたけど、ご利益があるかな。

本間能舞台

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両津港を出発した後、とりあえず車を走らせる。加茂湖を右に眺めつつ、65号線を西に向かうと「芸能とトキの里」という道の駅が見えてきた。佐渡に到着してから暑かったし、トイレにも寄りたかったのでそのまま駐車場に。

用事を済ませてからアルヘンティーナに戻ってくると、道を挟んで向かいに「能舞台跡」とあるのが目についた。事前の予習で知っていたけれど、佐渡は能が盛んな土地柄で、薪能が有名。残念ながら、今まで能を見たことはないし知識も乏しいけど、せっかくだからとちょっと覗いてみることにした。

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ここは、佐渡宝生流の宗家である本間家の能舞台があるのだと。新潟県の文化財指定。

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これがその舞台。以前見た、北海道の小樽能舞台と比べると小ぢんまりとしていて、他に誰もいなかったけれど、佐渡ヶ島の本格的な能舞台として有名なんだとか。天皇が来たこともあるらしい。

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この時は、まだ佐渡には紫陽花がキレイに残っていた。

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過去の首相の足跡も。



能舞台を後にして再び地図を眺めると、この道を進んでいくといろいろな神社や寺があるらしい。四国のように、佐渡にも88ヶ所を巡るお遍路があるので寺院はあちらこちらにあるけど。

とりあえず、それらを見てまわりますか・・・ということになり、再び出発。


佐渡フェリー




フェリーに乗船するのは、北海道にバイクで旅行した時以来だから6、7年ぶり。その時は、小樽からやはりこの新潟港までのルートだった。

高速が順調だったんで、9時半ぐらいの出航より1時間以上前に港に到着。乗船手続きを終えて、新潟駅前で朝ごはんをのんびり食べてたら、のんびりしすぎたようで危うく乗り過ごしそうなった。なんとか5分前に戻ってきて、一番最後に車をフェリーに格納。

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最低限の荷物を持って客席に向かった。キャンペーン期間中ってこともあって、船内は大賑わい。年配の方の姿が多いけど、結構若い人も車で佐渡に向かうみたい。

航行距離は68km。時間にして2時間半ほどかかるらしい。
出航してから、さっそく船内をぐるぐると写真を撮りながら探索。

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ウミネコは、船についてくるとエサをもらえることを知っているらしく、ずっと後をつけてきていた。


天気もかなり良く、一通り見て回ったあとは、甲板のベンチで上で昼寝をしてた。

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そうこうしているうちに、佐渡ヶ島の姿が。

無事、玄関口である両津港に到着。

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船内でもらった地図を眺めながら、どこに向かうかもわからないまま車を走らせ始めた。
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